転職して株式会社spice lifeに入社し、結婚式をした
六月三十日に前職を辞め、七月一日に株式会社spice lifeで働き出し、七月二十日に結婚式を挙げた。
TL;DR
昔話します。
五年前
僕はプログラマですらなかった。
情報系の大学を卒業したけど、プログラムは飯の種であり、プライベートではバンドやったり、絵の練習をしたりしてた。
新卒で入社した大手機械系企業の社内SEという肩書で、機械にインストールするCD・DVDをひたすら焼きまくり、データ入力し、メールを書く仕事をしていた。
プログラムを書くこともあったけど、かなり騙し騙しやっていた。
バージョン管理システムという概念をまず知らないので、元のソースを丸コピして、変更点をコメントアウトし、「// ○月×日 △△ 〜〜のため変更」というコメントを前後に残してコードを書き、できたら変更したファイルを紙に印刷していた。
印刷した紙に書かれたコード上の変更点をマーカーで色を付けて提出しなければならなかった。
Twitterに出会った
何がきっかけか全く忘れたけどTwitterを始めてハマってしまい、仕事中もiPhoneにかじりつくように見ていて同期に怒られたりしてた。
Twitterは僕には革命的で、「他人は本当は何を考えているのかわからないものだ」と思っていた僕に、次々に他人の考えが飛び込んできて本当に見る世界が一変してしまった。
会社用PCにうどん大陸を入れて極限まで色を薄くしたTLでみんなのダジャレを言い合っていた。
そのうちダジャレを言い合う、顔も知らない他人に認められる事を至上命題として本名も性別もなにもかも隠してひたすらPOSTし、ふぁぼという認証欲求を貪っていた。
現実とは全く切り離れた世界で、まるでMMOのようでめちゃくちゃ楽しかった。(僕はMMORPGをやりすぎて大学を一留している)
気が付くとはてなブックマークを新聞代わりに読み、Twitterでも人にオススメされるくらいになっていた。
バンドも絵もモチベーションが続かなくなった頃。
とにかく何か趣味を見つけたかった僕は、次の趣味に何かないだろうかと探していたとき、仕事で社内Webシステムを触ることになった。
暇だった僕は「せっかくだしhtmlとかcssとかあわよくばjavascriptもおぼえてみよう」と思って調べ始めた。
プログラミングとの出会い
ここからのことは細かいことをよく覚えていない。
ただ毎日が楽しかった。
社内システムはhtmlタグも完璧に壊れてるしDBのテーブルは1000個あるしでめちゃくちゃだったけど、それでも自分にできる範囲でできることが沢山見つかった。
javascriptもvimも独学で覚えた。
昨日書いたコードが今日恥ずかしいという状態だった。
userscriptを初めて書いた時、cssをちょっとイジるようなやつだったんだけど、いつも見ているmixiの文字がめちゃくちゃでかくなって「mixi壊した!?」と焦った。
落ち着いて考えるといつも見ている画面はブラウザがレンダリングしているだけで他の人には影響がないことはわかったんだけど、この時の衝撃は今でも覚えている。
いつも見ているインターネットは自分の手で変えられる。
これを知ってますます楽しくなってWebについて、プログラミングについて調べた。
phpやSQLを覚えてオレオレWebツールを作り作業効率が10倍ぐらいになって、開いた時間でまたツールを作り……を繰り返した。
何故か半強制的に毎日2時間残業しなければならなかったので、そこもツールを作ったりプログラムを覚えたりするのに使った。
ある日、「プログラムの変更点を紙に印刷して提出するのはおかしい」とわかり、ユニファイド形式のdiffを提出すると「何これ、こんなの君しか読めないでしょ?」と怒られた。
僕にはとうとう「自分がもったいない」という考えに囚われるようになった。
仕事中はオレオレツールでひたすらデータ入力をし、仕事が終わったらWebの知識を覚える生活に限界を感じていた。
「Webの仕事がしたい」と思い、転職を決意した。
入社から二年半たっていた。
転職活動
これが人生で最も辛い時期だった。
変わりたいのに変われないのは本当に苦痛だった。
Webの仕事をするなら東京だと思っていたので、有休を使って新幹線で愛知から東京へ行って面接を受けた。
もちろん有休の数は限られているしWebの仕事未経験の僕は軒並み応募に落ちまくった。
唯一の心の支えは初めて彼女ができたことだった。
面接で東京に行った時、Twitterで昔から知り合っていた人と初めて会い、付き合うことになっていた。
転職活動を続けて実に6ヶ月がたち、変われない自分に苛立ち気が狂いそうになっていた頃。
半ばヤケクソでうけた会社でデタラメをしゃべりまくり、突如合格した。一次面接が終わった後すぐ二次面接をし、あっという間の出来事だった。
それが前職だ。
前職は特に名前を出す気はないけど、とあるソーシャルゲームの会社だった。
2年半前
ようやく東京での生活が始まった。
今でもよく僕を採用したなとは思うけど、僕にはもったいないくらい理想以上の会社だった。
みんな技術志向で能力も高く、今動いているサービスを作って世に出すとみんなが見ている世界が変わる。
僕の世界も完全に変わった。
linuxもほぼ触ったことがなかったし、バージョン管理システム(当時はsvn)も初めて触った。
SQLも「よくわからないです」と言うと、「そんなことも知らないの!?」と言われて必死に基礎を覚えた。
毎日帰るのは遅かったけど、前の仕事より驚くほど疲れなかった。
好きなことを仕事にするのは本当に大正解だったと実感した。
沢山バグを出したりもしたけど、入社時のデタラメを本当にするためにめちゃくちゃ勉強して働いた。
本当に楽しかった。
僕はようやくプログラマになったんだと思った。
Twitterで出会った彼女にプロポーズして一緒に住むことになった。
8ヶ月前
新人から中堅になった頃、会社の状況はだんだん変わってきた。
ブラウザゲームは通用しなくなり、ネイティブゲームを作るためどんどんゲーム業界の人が入り、Web業界の会社からゲーム業界の会社へと変わろうとしていた。
僕はインターネットを愛していた。インターネットで留年してインターネットで変わり、インターネットで出会った人と結婚した。
インターネットの”未知”という言葉が放つ魔力、その力に魅せられた奴等の一人だった。
ゲーム業界の人と話すと彼らは本当にゲームに生き、ゲームを愛していた。
そんな人たちと話しているうちに、僕はインターネットを愛しているけどゲームを愛しているわけではないと実感した。
この差異に違和感を感じて何とか変わりたいと思い行ったのがAsakusa.rbだった。
いろんな会社の人が集まっていろんな世界が見えて新鮮だった。
この辺のことは前にBlogに書いた気がするけど、大江戸Ruby会議04というカンファレンスで喋ることになった。
今でもたった4回Asakusa.rbに行っただけの人を壇上で喋らせるのはクレイジーだったと思う。感謝しかない。
大江戸Ruby会議04の打ち上げでいろんな人と話せた。
そこで声をかけられたのが @igaiga555 さんだった。
後で気がついたことだけど、奇妙なことに僕は @igaiga555 さんのサイン本を持っていた。
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RubyKaigi2013に行った時、matzのサインが貰えると思って持ってない感じの本を買った時に書いてもらったのだけど(失礼)、結局matzのサインはもらえなかったけど別の運命めいたものを感じたし、そういうのも大事にしたいと思っていた。
僕はインターネットの仕事がしたかったし、僕を救ってくれたインターネットに恩返しがしたかった。
今度は僕がインターネットで誰かを幸せにする番だと思って、転職を決意した。
最近
そんなわけで7月から株式会社spice lifeでインターネットのお仕事をしている。
spicelifeはこんな感じでめちゃくちゃ働きやすい。
http://igarashikuniaki.net/diary/20140716.html http://tmix.hatenablog.jp/entry/2014/07/read-igaiga555-blog
特にリモートワークは始めてだったけど、出社は思ったより疲れる作業なんだとやってみて初めて気づいた。
現に月曜日は全てリモートワークすることにしていて出社したことがない。
リモートワークした日は仕事が終わっても全然疲れない。楽だしMMOをやっているときの楽しさに似たものがある。
Railsも始めてだったけど、みんな丁寧に教えてくれるし共通知識としてのインフラと化しているので覚えやすく、だんだん身についてきた気がする。
idobataのチャット上ではTシャツが売れると が流れるようになっていて、その度に「誰かの思い出が作られたんだなあ」と思って僕も幸せな気分になる。
これからの目標としては覚えたmrubyを運用でも生かせるシーンを見つけて、もっと使われるようにしていきたい。
というわけでこれからも誰かの生活をインターネットでより刺激的で幸せなものにするためにがんばっていきたいです。
結婚式もした
あと結婚式もしたばかりです(チラッ
(ほしい物ってすぐ買うのであんまりなくて、おすすめがあれば買うので教えて下さい)